M&Aにおける価格算定の方法とは【図解でわかりやすく解説】

M&Aにおいて会社の売買価格は、適正価格(企業価値)を基礎に当事者間の交渉により決定されます。公認会計士が、価格算定の方法や相場、価格算定の事例について、図解を用いてわかりやすく解説します。(公認会計士 伊藤嘉朗 監修)

M&A 価格算定(FV)

目次
  1. M&Aの価格算定基準となる「企業価値(株式価値)」の評価方法
  2. M&Aの価格算定を行う流れ
  3. M&Aの価格交渉方法
  4. M&Aの価格相場
  5. 価格算定の理解に役立つ有名M&A事例5選
  6. まとめ

M&Aの価格算定基準となる「企業価値(株式価値)」の評価方法

企業価値という言葉をよく耳にしますが、企業価値とは一体何でしょうか?

日本公認会計士協会 平成25年7月3日 経営研究調査会研究報告第32号「企業価値評価ガイドライン」によれば、企業価値は下図の通り整理できます。[1]

企業価値 株主価値

このガイドラインによれば、企業価値とは、事業価値に事業以外の非事業用資産の価値を含めた企業全体の価値、とされています。

事業価値とは、継続的に事業活動を行うことで獲得されると期待される利益やキャッシュ・フロー等の現在価値の合計です。
株主価値とは企業価値から有利子負債等の他人資本を差し引いた株主に帰属する価値となります。[1]

なお、「株式」価値とは、特定の株主が保有する株式の価値であり、株主総体としての価値である「株主」価値を株式数で除したものとして整理することができるでしょう。

非事業用資産は企業が保有しているものの、本業の事業活動の利益を生み出す過程では直接使用されない資産です。
具体例としては投資目的で保有する株式や有価証券などです。

有利子負債とは、銀行からの借入金など他人から調達し将来返済する義務のある負債です。

以上から、非事業用資産を保有せず借入金などの有利子負債がない企業の場合、「企業価値=事業価値=株主価値」と言えます。
一般的に、企業価値評価(バリュエーション)は図1の事業価値を評価することを意味します。

では、事業価値(以下、事業価値を単に企業価値とする)はどのように算定されるのでしょうか。

企業価値の算定方法は法律や会計基準などで定められていません。
一般的には、理論的な企業価値の評価方法により企業価値を評価し、その評価結果を基礎として当事者間での価格交渉が行われ、最終的な買収価格=「会社の値段」が決定されます。

(注:国税庁から「財産評価基本通達」が公表され、株式の評価についても定めがあります。当該通達は相続や贈与などにより取得した財産を評価することを目的とした課税目的の財産の評価であり、企業間でのM&Aにおける企業価値評価とは目的が異なるため、当記事では対象としていません。)

では、会社買収における企業価値(=企業の価格)の具体的な評価方法について紹介します。
会社買収の価格(金額)の算定方法は、一般的に「インカムアプローチ」「マーケットアプローチ」「コストアプローチ」の3つの方法に区別されます。

インカムアプローチ

将来生み出すと期待されるキャッシュ・フローや利益に基づいて企業価値を算出する方法です。
代表的な手法として、DCF法や収益還元法があります。[2]

DCF法は後述の通り、企業価値評価において一般的によく用いられる計算方法です。

DCF法

DCF法とは、事業により将来生み出されるキャッシュ・フローを加重平均資本コストにより割り引いて算定される現在価値の合計として企業価値を評価する方法です。

企業価値:対象企業の将来フリー・キャッシュ・フローの期待値÷加重平均資本コストの合計

DCF法

DCF法では買収企業の将来の収益獲得能力や超過収益力など企業固有の性質を企業価値に反映できます。
貸借対照表に計上されていない無形資産や知的財産等が価値の源泉の大半であるような企業の価値を評価に適しています。

企業買収は事業の拡大や成長による利益拡大を目的として行われることが多く、将来生み出す利益やキャッシュ・フローの大小が企業価値にダイレクトに影響するDCF法は、企業価値の評価方法として合理的と言えます。
特に上場会社によるM&Aでの企業価値評価の手法としては最もポピュラーな方法です。

しかし、評価において、事業計画等の将来数値など見積りによる数値を多く使用するため、将来予測やその達成可能性についての見積りへの恣意性の排除が難しく、買収当事者間で見積りの認識に差が生じ、結果として価格交渉が難航することがあります。

また、計算プロセスが複雑で専門性が高いため、時間や費用がかかりすいことや、専門的な知識がなければ評価結果が適正な企業価値であるのか直感的に理解しにくいこともデメリットといえるでしょう。

フリー・キャッシュ・フロー(以下、FCFとする)とは、会社の利益から必要経費や事業資産への投資額を差し引いた金額であり、企業が経営のために自由に使用できる金額で、下記のように計算されます。

FCF=営業利益×(1-実効税率)+減価償却費―投資支出±運転資本増減額 [1]

上場企業ではキャッシュ・フロー計算書の数値から下記のように簡易的に算定することもあります。

FCF=営業活動によるキャッシュ・フロー+投資活動によるキャッシュ・フロー

フリー・キャッシュ・フローは売り手企業の財務数値や将来の事業計画を基礎に合理的に見積もられます。
業種、業態や企業規模によりますが、一般的に3~5年後までの収益やキャッシュ・フローを予測して算出されるケースが多く見られます。

加重平均割引率はWACCとも呼ばれ、上場企業の場合、専門業者が自社の加重平均割引率を算出している場合はその数値を利用するか、類似上場企業の複数社の加重平均割引率を用いて算定されるケースがほとんどです。
なお、業種や企業規模によりまちまちになります。

配当還元法

将来的な株主への配当金に基づいて株主価値を評価する方法です。[1]
株主価値=将来配当の期待値÷株主資本コスト

なお、配当還元法により会社買収の価格(金額)を算出するケースはそれほどみられないようです。

これは、配当金の金額は売り手の経営者が自由に決定できるため、恣意的に配当金額を操作することにより売却価格を高く設定することが可能であることや、配当が見込めない成長企業の場合、株主価値の計算が困難になるためです。

マーケットアプローチ

上場している同業他社や類似取引事例等から企業価値・事業価値を推定計算する方法です。[2]
代表的な手法として、「市場株価法」、「類似会社比較法(マルチプル法)」、「類似取引比較法」があります。

市場株価法

市場株価法とは、証券取引所などに上場している会社の株式の市場価格を基準に株主価値を評価する方法です。[1]

株主価値=株式市場における株式時価 × 株式数

市場での取引環境の反映や、一定の客観性には優れています。
他方で、事業や成長ステージが類似する企業が存在しないなど固有の性質を反映させられず適用が難しいケースもあります。

この評価方法は株価が市場で明らかな上場企業同士の合併比率や株式交換比率などの算定に利用されることがあります。

類似会社比較法(マルチプル法)

M&A 相場(マルチプル法)

類似会社比較法とは、類似会社の市場価格と比較して非上場会社の株式を評価する方法です。[1]
倍率法やマルチプル法などともいわれます。

株式価値=指標となる一株当たり財務数値×指標に対する倍率

指標となる一株当たり財務数値は、上場会社では株価との相関を直接観察できるPERやPBRを中心に、収益指標(税引後利益、EBITDA、売上)や純資産(簿価純資産や時価純資産)などの数値が使用されます。
市場での取引環境の反映でき、算定結果に一定の客観性は認められます。

他方で、市場株価法と同様に、自社と類似する企業が存在しない場合など固有の性質を企業価値評価に反映させられないケースもあります。

なお、これらの方法を適用する際には評価対象企業の事業内容や事業ポートフォリオの類似性に加えて企業規模が類似する会社を3~5社程度選定し、それらの類似企業の指標に対する倍率の中央値を使用するケースが多くみられます。

類似取引法

類似取引法とは、類似のM&A取引の売買価格と評価対象会社の財務数値に関する情報に基づいて計算する方法です。[2]

ゴルフ場などの特定の業界においてはある時期に頻繁にM&Aが行われることがあり、そのような場合に用いられる手法です。
しかしながら、M&Aに関するデータを正規に収集する組織が存在しないことから、一般的に利用できることは少ないと言われています。[2]

コストアプローチ

主に評価対象会社の貸借対照表の純資産に着目して企業価値・事業価値を評価する方法です。[2]
代表的な手法として、「簿価純資産法」や「時価純資産法」があります。

簿価純資産法

簿価純資産法

簿価純資産法とは、会計上の純資産に基づいて一株当たり純資産の額を計算する方法です。[1]

株主価値=会計上の簿価純資産(資産の簿価-負債の簿価)

会計上の帳簿価額を基礎とした計算であるので、客観性に優れており、また計算も簡単です。

しかし、特に資産の時価は簿価と乖離していることが多いため、簿価純資産法をそのまま企業価値の評価に使用することは少ないと考えられています。

時価純資産法

時価純資産法

時価純資産法とは、貸借対照表の資産負債を時価で評価し直して純資産額を算出し、一株当たりの時価純資産額をもって株主価値とする方法です。[1]

株主価値=資産の時価-負債の時価

簿価純資産法と同様に、会計上の帳簿価額を基礎とした計算であるので、客観性や簡便性に優れています。
なお、全ての資産負債を時価評価することは実務的に困難であるため、棚卸資産、土地や有価証券など主要資産の含み損益のみを時価評価することが多く、修正時価純資産法と呼ぶこともあります。[1]

赤字が続く等により将来収益の予測が困難である場合や零細な企業で超過収益力が認められないような場合においては、インカム・アプローチやマーケット・アプローチに基づく評価が適合せず、コストアプローチによる価格算定は有用といえます。

しかし、簿価純資産法、時価純資産法ともに、あくまで評価時点の資産負債の価値を基準に決定されるため、その企業の収益や利益の成長といった将来性は加味できないので、特に成長性の高いベンチャー企業の評価には不向きと言えるでしょう。

他方で、中小企業を対象としたM&AM&Aの場合、経営が不安定でDCF法を適用するための事業計画を立てて将来の利益を見積もることがそもそも難しいケースが多く見られ、そのような場合にコストアプロ―チによる企業価値評価が行われています。

時価純資産法に数年分の利益を加算する方法

時価純資産法(又は簿価純資産法)により算定した純資産に、数年分の任意の営業利益を加算した金額を企業価値とする場合があります。
この方法は、「年倍法」「年買法」などとも呼ばれています。

企業価値:時価純資産 + 直近年度の営業利益等×2~5年[4]

なお、加算対象とする利益の種類(営業利益や経常利益等)及び年数(通常3年~5年)は事例ごとに異なり、交渉によって決まるケースが多いです。

直近の財務諸表に時価の調整を加えることで把握可能な時価純資産(いわば過去の利益の積み上げ)のデータに、一定年数の将来の利益予測も加味できる比較的簡便な方法なので、中小企業のM&Aでは広く用いられています。

他方で、簡便性が高い分、評価の過程が合理的で説明可能とは言いにくい部分もあり、投資家などへの丁寧な説明が求められる上場企業が実施する大規模なM&Aでは適用されるケースはあまり見られません。

[1] 公認会計士協会 経営研究調査会研究報告第32号「企業価値評価ガイドライン」平成25年 2013.
[2] 中小企業庁 「中小M&Aガイドライン」 令和2年 2020
[3] 中小企業庁 「経営者のための事業承継マニュアル」 平成29年 2017
[4] 経済産業省 中小M&Aガイドライン(参考資料1)中小 M&A の主な手法と特徴 

M&Aの価格算定を行う流れ

企業価値を算出する

上記の各種評価手法により企業価値を評価します。

企業買収はあくまで企業の「売買取引」であるので、売り手はできるだけ高い価格で自社(株式)を売却したいと考え、買い手はより安い価格で購入したいと考えるのが自然です。

このようにして買い手と売り手で希望取引価格に差が生じるため、企業買収を成立させるための企業価値の合理的な適正価格の水準や相場を知るために、上述の評価手法を用いて企業価値の参考値としての適性価格を算出することがM&Aを成立させる上で非常に重要となります。

実際の企業価値算定では、高度な専門知識や複雑な計算が必要とされるため、金融機関のみならず、公認会計士や税理士などの専門家やファイナンシャルアドバイザー(以下、FAとする)と呼ばれるM&A専門業者やその他商工団体などの支援機関を利用して、企業価値を評価するケースが多くみられます。

FA業者などによる企業価値評価を基礎に、それぞれの算定方法は長所短所を加味しつつそれらの評価結果を比較しM&Aによるシナジー効果などを考慮・検討して総合的に企業価値の評価を行います。

なお、これらの企業価値の評価は適正価格の役割を果たしますが、企業価値は業種や事業規模、競合相手の有無、市場の成長性といった環境的要因のみならず、M&Aに対する緊急度などにも左右されるので、買収価格決定の重要な参考値の一つ考えるとよいでしょう。

なお、上場会社が行う企業買収の場合、DCF法により算定された金額の範囲内に収まるケースが多くみられ、DCF法による企業価値評価が合理的な方法と考えられています。

交渉やデューデリジェンスの結果をもとに買収金額を決定する

上述した企業価値評価による企業価値を基礎として、買い手で最終的な買収価格を決定します。

その後、売り手と価格交渉を行い、合意に至った価格が買収金額となります。
以上のような過程を経て、買収金額が決定されます。

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M&Aの価格交渉方法

M&Aの買い手と売り手の間での買収価格(企業価値)の交渉方法には個別交渉方式と入札(オークション)方式があります。
価格交渉の方法としては個別交渉による方式が一般的です。

個別交渉

特定の買主候補との間で買収条件を交渉する方法です。
M&A仲介会社を介して企業買収行うケースでも個別交渉により価格交渉が行われるのが一般的です。

個別交渉方式では、当事者間での買収価格の合意が成立すれば比較的早期に企業買収が成立することがメリットといえます。

入札(オークション)

複数の買主候補に買収条件を提示させ、最も良い条件を提示した者を最終的な買主とする方法です。
入札方式の売主のメリットは買い手の間で競争原理が働くことで、個別交渉方式より有利な買収条件を引き出すことが期待できます。

しかし、複数の買主により企業価値の算定や価格交渉が行われるため、買収価格の決定や買収の成立までに多大な時間やコストが必要になります。

一般的に利用される方法ではなく、レアケースと言えるでしょう。

M&Aの価格相場

相場は「時価純資産+2〜5年分の営業利益」

中小企業でのM&Aや事業承継では上記の年倍法による「時価純資産+2〜5年分の営業利益」を価格決定の参考にしているケースが多くみられます[5]。

他方で、上場企業のM&Aでは年倍法による評価はあまり用いられず、インカムアプローチ、マーケットアプローチにより算定した複数の評価結果を基に総合的に判断されるケースが多いです。

相場よりも高値でのM&Aを成立させる可能性を高くするには

自社を高く評価する買い手企業と交渉する

中小企業、上場企業を問わず、企業買収では買い手の評価次第で企業価値の評価は大きく異なります。

また、仮に、売却側企業が赤字であったり、保有する資産価値が低かったり債務超過であったとしても、購入側が買収企業の事業や保有する無形資産の価値などに将来性を認めて高値で購入を希望することは十分にあり得ます。[6] 

買い手からのニーズがある無形資産

具体的に買い手からのニーズがあり価値のある無形資産として、以下のものが考えられます。

  1. 高い技術力
  2. 優良な取引先との人脈や商流
  3. 優秀な従業員
  4. 業界内における知名度・ブランド、信用度
  5. 業界内シェア
  6. 店舗網や販売網
  7. 知的財産権(特許権等)やノウハウ
  8. 事業分野の将来性
  9. 許認可

このように無数の要素が企業価値評価の対象となりえることを十分に認識しておきましょう。[6] [7]

このような事業資産はいわゆるM&Aによるシナジー効果を生む主要な源泉になりえるものであり、企業買収において買収価格を押し上げる要因になりやすいと言われています。

具体的な根拠付きで自社の強みを交渉相手にアピールする

過去の売上や利益などの実績数値に加えて、自社の保有するこれらの無形資産を棚卸・整理した上で客観的かつ具体的な数値を根拠にして、自社の事業上の強みや価値を交渉相手に十分にアピールすることが、企業価値の評価額を高める上で重要となります。

交渉相手からすれば開示してもらえなければ知りえない情報も多くあるため、企業機密や競争力の流出リスクには十分に留意しつつも、可能な範囲で、買い手にとって有益と思われる情報を積極的に提供することが企業価値の評価を高める上で有効な対策と言えるでしょう。

[5] 中小企業庁 「経営者のための事業承継マニュアル」 平成29年 2017
[6] 中小企業庁 「中小M&Aガイドライン」 令和2年 2020
[7] 経済産業省 「中小M&Aハンドブック」 令和2年 2020

M&A・事業承継
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価格算定の理解に役立つ有名M&A事例5選

ここでは、過去に実施された上場会社によるM&Aの事例を5例紹介します。

買収先企業が上場企業の場合、企業買収を公開買い付けの方法で行うケースが多くみられます。
中小企業者のM&Aでは用いられる方法ではありませんが、企業価値や株式価値を算定する理論的な考え方は企業の規模を問わず共通するものなので企業価値決定の参考になります。

また、会社の買収目的や買収により期待するシナジー効果や最終的な買収金額を記載していますので、会社買収の意思決定やや買収価格の算定過程をイメージする際に参考になります。

特にニトリホールディングスによる株式会社島忠に対する公開買い付けに関する開示資料では、ニトリホールディングス社が企業買収に当たり分析したシナジー効果や買収価格決定の考え方などが詳細かつ具体的に記載されているので、会社の説明資料は一読に値します。

ZホールディングスによるZOZOの買収

譲渡企業の概要

譲渡企業は日本最大級のファッション EC サイト「ZOZOTOWN」の運営などを通じてファッション小売業を展開する株式会社 ZOZOです。

譲り受け企業の概要

「Yahoo!ニュース」をはじめとしたポータルサイトの運営や、「Yahoo!ショッピング」などeコマース事業も展開しているZ Holdings株式会社(旧 ヤフー株式会社)です。

M&Aの目的・背景

集客、商品提供、ユーザーの利便性向上などの事業シナジーの実現。

M&Aの手法・成約

現金を対価とする株式取得が公開買い付けにより実施されました。

買い付け金額は普通株式1株につき2,620円で、最終的に約152万株を取得しその対価は総額で約4,000億円となりました。

譲り受け企業のFA(ファイナンシャルアドバイザー)であるみずほ証券から提出された株式価値算定書によれば、一株当たりの株式価値は「市場株価法 1,993円~2,166円」、「類似企業比較法 2,392円~3,037円」、「DCF法 2,337円~3,077円」と算定されています。

Z Holdings社は当該算定書を基礎に、買い付け金額を2,620円と決定しており、株式価値算定結果の範囲内に収まっています。[8]

NTTによるNTTドコモの子会社化

譲渡企業の概要

移動通信やデータ通信業を営む株式会社NTTドコモです。

譲り受け企業の概要

株式会社NTTドコモの親会社である日本電信電話株式会社です。
ちなみに、当該買収以前からNTTドコモ社の株式約66%を保有しており、日本電信電話社のグループ会社でした。

M&Aの目的・背景

グローバルな競争環境の急速な変化に対応するため、100%子会社化によりグループ経営資源の活用による通信事業の競争力強化、成長戦略の柱である法人ビジネス、スマートライフ事業の強化、グループ全体のリソース活用による研究開発体制の強化といった、事業シナジーの実現。

M&Aの手法・成約

現金を対価とする株式取得が公開買い付けにより実施されました。

買い付け金額は普通株式1株につき3,900円でした。公開買い付けにより約8億株を取得したほか、約2億株の株式の売渡請求を別途実施し、総数で約11億株を取得しその対価は総額で約4兆3,000億円となりました。

譲り受け企業のFAである三菱UFJモルガンスタンㇾ―証券から提出された株式価値算定書によれば、一株当たりの株式価値の範囲は、「市場株価分析法 2,775円~3,018円」、「類似企業比較法 2,322円~3,406円」、「DCF法 3,204円~4,225円」と算定されています。

日本電信電話株式会社は当該算定書を基礎に、上記買い付け金額を3,900円と決定しており、株式価値算定結果のDCF法による算定結果の範囲内に収まっています。

なお、譲渡企業のFAである野村証券から譲渡企業に提出された株式価値算定書によれば、一株当たりの株式価値は「市場株価分析法 2,723円~3,018円」、「類似企業比較法  2,132円~2,886円」、「DCF法 2,929円~5,016円」と算定されています。[9]

企業価値の評価結果を見比べると、類似企業比較法やDCF法の算定数値に差異がみられ、評価者により企業価値の算定結果が異なることが明らかです。

伊藤忠商事によるデサントの買収

譲渡企業の概要

スポーツウェア及びその関連製品の製造や販売を行う株式会社デサントです。

譲り受け企業の概要

繊維、金属、機械、エネルギーや情報・金融などの多角的なビジネスを展開する伊藤忠商事です。
特に繊維部門では、原料の生産から最終製品に至る様々な分野で事業を展開しています。

なお、当該買収以前からデサント社の株式を約28%保有しており、伊藤忠商事のグループ会社でした。

M&Aの目的・背景

グループ会社としての資本関係を強化することにより、取締役の見直し等を中心とした経営体制やコーポレートガバナンスの再構築及び強化によりデサント社及び伊藤忠商事グループ全体の企業価値の向上させること目的とされています。

M&Aの手法・成約

現金を対価とする株式取得が公開買い付けにより実施されました。

買い付け金額は普通株式1株につき2,800円で約7百万株を取得し、対価は約2,000億円となりました。[10]

FAであるGCAから提出された株式価値算定書によれば、一株当たりの株式価値は、「市場株価平均法 1,862円~2,142円」、「類似会社比較法 2,108円~2,277円」、「DCF法 2,506円~3,399円」と算定されています。

伊藤忠商事は当該算定書を基礎に、上記買い付け金額を2,800円と決定しており、DCF法による算定結果の範囲内に収まっています。

ニトリホールディングスによる島忠の買収

譲渡企業の概要

主に関東圏にてホームセンター「島忠」を運営し、家具・インテリア雑貨ホームセンター商品の小売業を営む、株式会社島忠です。

譲り受け企業の概要

家具・インテリア用品の製造から、国内外に計607店の「NITORI」を有し小売販売まで全てを自社で行うニトリホールディングスです。

M&Aの目的・背景

対象者のホームセンター商品とホームファッション商品との相互補完による販売拡大と、プライベートブランド商品開発ノウハウ共有による利益率の向上、物流機能の共同利用によるコスト削減・資産効率改善を目的としています。

M&Aの手法・成約

現金を対価とする株式取得が公開買い付けにより実施されました。
買い付け金額は普通株式1株につき5,500円で約3,000万株を取得し、その対価は総額で約1,650億円となりました。

同社のFAである大和証券から提出された株式価値算定書によれば、一株当たりの株式価値の範囲は、「市場株価法① 2,849円~2,945円」、「市場株価法② 3,157円~4,890円」「類似企業比較法 2,329円~4,114円」、「DCF法 2,964円~5,763円」と算定されています。

譲り受け企業による株式価値算定結果のDCF法による算定結果の範囲内に収まっています。
なお同社の開示資料では、株価算定についての詳細が開示されています。[11] 

ニトリ社のTOB(公開買い付け)価格5,500円は、DCM社が提示したTOB価格4,200円を30%近く上回っており、ニトリ社はこの企業買収により大きなシナジー効果の実現による企業価値の増加を期待していたことが読み取れます。

マネックスグループによるコインチェックの買収

譲渡企業の概要

暗号資産取引交換サービス「Coincheck」を運営し、暗号資産交換事業などを行うコインチェック株式会社です。

譲り受け企業の概要

金融商品取引業、暗号資産交換事業、有価証券の投資事業を主要な事業とするマネックスグループ株式会社です。

M&Aの目的・背景

ブロックチェーンや暗号資産を次世代の技術・プラットフォームとして認識した上で、これらの技術を中心にグループを飛躍的に成長させることを目的としています。

M&Aの手法・成約

現金を対価とする株式取得が実施されました。[12]

普通株式約177万株を約36億円で取得し、一株あたりの価格は約2,000円程度とされています。
なお、株価算定書による株式の評価金額は開示されていません。

さらに、同社の2020年3月期の有価証券報告書によれば、コインチェック社の前所有者との間で株式取得対価に関して条件付対価に関する合意がされています。

条件付対価とは、買収後の将来の特定の業績結果などに応じて、将来的に追加的に支払われる(もしくは返還される)対価です。[13]

買収後の買収企業の業績をM&Aの対価に柔軟に反映できるため、売主からすれば将来性を見込んで可能な限り高く売りたい、買主からすれば将来の利益の見積りに不確実性がある中で高値掴みによる投資損失の発生を避けたい、という双方の買収価格に関する希望を調整する手段として、条件付対価の合意がなされるケースがあります。

コインチェック社の買収の場合、具体的な条件として、買収後の3事業年度の当期純利益の合計額の二分の一を上限とし、一定の事業上のリスクを加味して算出される金額が追加で発生する可能性がある、とされています。

マネックスグループ社は株式取得日におけるこの追加対価の構成価値(将来の追加支払の見積額)を約9.6億円と見積っており、普通株式の取得の対価36億円とは別で貸借対照表に計上しています。

なおこの公正価値の額はあくまで見積金額であるため、実際の将来の業績等の状況に応じて変動することになります。

[8] 株式会社 ZOZO 株式(証券コード 3092)に対する 公開買付けの開始に関するお知らせ
[9] 株式会社NTTドコモ株式等(証券コード 9437)に対する 公開買付けの開始及び資金の借入れに関するお知らせ
[10] 株式会社デサント株式(証券コード8114)に対する公開買い付けの開始に関するお知らせ
[11]株式会社島忠(証券コード:8184)の株券等に対する公開買付けの開始予定に関するお知らせ」
[12] 株式取得によるコインチェック株式会社の完全子会社化に関するお知らせ
[13] 企業会計基準委員会 企業会計基準第 21 号 企業結合に関する会計基準

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まとめ

M&Aの買収価格は、DCF法などで算出した企業価値を基に、売り手と買い手が交渉することで決定します。その際、デューデリジェンスの結果も最終的な価格算定を左右します。

今回お伝えした事例や企業価値の計算方法を参考に、価格算定の実務に挑戦していただけますと幸いです。

(執筆者:公認会計士 伊藤 嘉朗 監査法人にて各種法定監査、IPO支援、各種コンサルティング業務等に約4年従事。その後、1部上場企業やIPO準備企業にて企業内会計士として決算・開示資料作成を約4年経験。現在は独立開業し、上場企業を中心に決算・開示資料支援や簿記研修の講師なども行う。)