M&Aの相場【公認会計士が図解でわかりやすく解説】

M&Aの相場や企業価値の計算方法を、公認会計士が詳しく解説します。相場を知ることで、買い手は相場より高い金額での会社買収を避けられます。一方で売り手は、より高い金額で会社売却することも可能になります。(公認会計士 西田綱一 監修)

M&A 相場(FV)

目次
  1. M&Aにおける相場とは
  2. M&Aにおける相場の計算方法
  3. 企業価値(株式価値)の算定方法
  4. 相場よりも高い値段でM&Aを行う可能性を高くするには
  5. まとめ

M&Aにおける相場とは

相場の意味

相場は一般に市場で取引されるその時々の値段のことです。
M&Aにおける相場とは、会社売却会社買収のための金額のことです。他の物に関する相場もその時々の状況や条件によって変化するように、M&Aにおける相場も固定的なものではなく変動しうるものです。

一般に、会社売却に関して売り手は相場を高く見積もり、会社買収に関して買い手は相場を低く見積もる傾向があると言われています。

相場を知っておく重要性

M&Aの相場を知っておく重要性として、先ず、相場を知らないと、相場より高い金額で会社を買収してしまう可能性や相場より低い金額で会社を売却してしまう可能性が上がることが挙げられます。
次に、相場を知ることにより、会社売却・会社買収の金額の目安を把握できるため、M&Aの実効性を定量的に評価できるようになることも大きなポイントです。

逆に言えば、会社売却・会社買収の金額を具体的に数値化していかないと、M&Aに関する判断について、定性的な要因に重きを置きすぎるということも起こり得るでしょう。

相場を左右する要素

M&Aの相場は、M&A対象会社の業種・事業規模、取引先、競合相手の有無、M&A対象会社の製品・商品の市場、M&A実行後のキャッシュフロー、従業員、M&A対象会社の純資産額、など様々な要因によって左右されます。
詳しくは次章にて記しますが、ここでいくつかの要素について少し説明します。

取引先

ビジネスを行うには、自社と取引してくれる相手が必要です。M&Aが行われる理由として、M&A対象会社が元々有している取引先との取引をそのまま継続することができることが挙げられます。
新しい取引先と一から信用を築くにはお金や時間がかかるからです。

競合相手の有無

独占的ビジネスでない限り、ビジネスには必ず競合相手がいます。
その競合相手が非常に強力である場合など、競合相手の存在は会社売買価格に影響を与えます。

従業員

ビジネスを動かすには、経営者だけでなく優秀な従業員が必要です。
専門的知識・経験・ノウハウを持った従業員の存在は会社売買価格を高めることに繋がります。

M&Aにおける相場の計算方法

M&Aにおける相場は、価値算定方法を使用して計算します。
価値算定方法には様々な手法があり、それぞれに計算方法が異なります。
価値算定方法の代表的なものとして、インカムアプローチ・マーケットアプローチ・コストアプローチが挙げられます。

これらの詳細は後述しますが、ここではコストアプローチによる計算例を見てみましょう。

簡単な相場の計算式

取引の非常に簡素な中小企業等においては、簡易的にM&Aの相場を見積もる事ができるケースがあります。

コストアプローチでは、ある会社のM&Aの相場が、例えば、時価純資産+営業利益*2〜5(年)にて見積ることができる、というように考えます。
この場合、時価純資産=2,000万円、営業利益=1,000万円だとすると、会社のM&Aの相場=4,000万円〜7,000万円となります。

M&Aの相場は、M&A取引において、非常に早い段階で把握されるのが理想です。
意向表明書や基本合意書のやり取りや各種デューデリジェンスの前には、M&Aの相場を把握しておくべきでしょう。
基本合意書調印前に把握したM&Aの相場は、M&A取引の基礎となります。

各種デューデリジェンスや交渉の前に、対価に対する意識を最低限合わせることは、買い手・売り手の双方にとって望ましいと言えます。

最終的には「企業価値(株式価値)」をベースに、交渉で売買価格を決定する

M&A対象会社の売却価格が決まる迄の流れを、ここで簡単に見ておきましょう。

M&Aにおける買い手もしくは売り手の候補を絞ることができたら、接触を行い、M&Aに対する意思を簡単に確認します。
お互いにM&Aに前向きな意思が存在すれば、まずはごく初期的な分析を行います。
この際の接触は、会社同士で直接連絡する方法、金融機関を通じる方法、M&A仲介会社を通じる方法などがあります。

買い手は分析のために、簡単な情報を売り手より提供してもらいます。
この初期分析を元に、売買価格を決める基礎となるM&Aにおける相場を計算することになります。

M&Aにおける相場の計算はインカムアプローチ・マーケットアプローチ・コストアプローチのうち、複数を組み合わせて行うのが原則です。
それぞれのアプローチごとにメリット・デメリットが存在するからです。

また、実際の売買価格は相場を元に交渉を経て決定するため、通常、相場と実際の売買価格は異なるのが通常です。
一般に、中小企業の場合は、時価純資産の金額にのれんの金額を足した金額を相場と考えるケースが多いです。
この場合、のれんの金額は年間の利益に一定の年数をかけるなどして算出します。[1]

M&Aにおける相場を計算した後は、M&Aスキームを想定します。
M&Aスキームには、合併、新株引受、株式譲渡事業譲渡株式交換株式移転等があるため、最も適切なものを選択する必要があります。
どのM&Aスキームを選択するかによって、法的手続き、会計上・税務上の処理、買収に必要な金額など、さまざまな点が変わることに注意が必要です。

これらの後に、実際に交渉に入り、基本合意書を調印し、各種デューデリジェンスを経た後に、売買価格が決定されるという流れが通常です。

交渉では、必ずしも、買い手と売り手のそれぞれが計算したM&Aにおける相場を提示するわけではありません。
実際の金額はあくまで交渉の結果にて決定されることを念頭に置き、自社なりの上限と下限を設定した上で、交渉を有利に進められる金額を提示すると良いでしょう。

[1]経営者のための事業承継マニュアル p44(中小企業庁)

M&A・事業承継
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企業価値(株式価値)の算定方法

この章では、インカムアプローチ・マーケットアプローチ・コストアプローチについてより詳細に説明します。

算定方法

概要

インカムアプローチ

収益力をベースに評価する方法

マーケットアプローチ

市場価格をベースに評価する方法

コストアプローチ 

純資産をベースに評価する方法

実務上、企業価値と株式価値を区別しないこともありますが、より正確には、
企業価値=株式価値+債権者価値
です。

そのため、株式価値が求まると、企業価値の計算も比較的容易です。

債権者価値は、基本的に有利子負債の額が目安になりますが、実務ではよく純有利子負債(Net Debt)という概念を用います。
純有利子負債とは、有利子負債(借入金や社債)から現金および現金同等物(預金、売買目的有価証券、等)を差し引いたネットの有利子負債のことです。

M&Aの相場となる金額は株式価値ではなく企業価値に基づいて算出されるケースが多いです。

インカムアプローチ

インカムアプローチはM&A対象会社から期待される利益、ないしキャッシュフローに基づいてM&Aの相場を評価する方法です。

メリット

会社の将来の収益力や固有の事情を相場に反映させることができるなど、複数のシナリオの設定や変動要素を加味でき、柔軟な評価ができる点がインカムアプローチの大きなメリットです。

デメリット

インカムアプローチでは、事業計画など、将来に関する情報を元に相場を算定するため、主観的要素が少なくないため、恣意性を排除するのが難しいことが大きなデメリットです。

また、会社が将来的に継続して営業されていることが前提となっている手法であるため、近年倒産するかもしれないような会社を対象にインカムアプローチでM&Aの相場を計算することは難しいというデメリットもあります。

主な手法

インカムアプローチにおいては様々な手法が存在しますが、実務でよく用いられるのはディスカウンテッド・キャッシュ・フロー(DCF)法です。
DCF法は、M&A対象会社の将来期待される一連のキャッシュフローをそれが実現するのに見込まれるリスク等を反映した割引率で現在価値に割り引いて企業価値を算定する方法です。

DCF法においては事業計画を利用しますが、少なくとも5年、できれば10年のものを利用したいところです。

以下、DCF法について詳細を説明します。

M&A 相場(DCF法)

DCF法における事業計画の精査

事業計画は様々な観点から精査されるべきですが、収益および費用発生については、特に注意して精査すべきです。

収益については、例えば重要な指標である売上高を数量と単価に分け、業界の趨勢と合わせて分析することなどが基本です。
費用については、変動費と固定費に分けて分析すると、上手くいくケースが多いでしょう。

DCF法におけるフリーキャッシュフロー(FCF)

事業計画の貸借対照表および損益計算書を元に、フリーキャッシュフローを計算します。
フリーキャッシュフローとは、簡単に言うと、会社が自由に使えるお金だと考えてください。
フリーキャッシュフローの計算式は以下のようになります。

フリーキャッシュフロー=営業利益×(1-法人税率)+減価償却費等-設備投資±正味運転資本増減

  • 営業利益×(1-法人税率)=税引後営業利益(NOPAT)

各期の事業計画の損益計算書に記載がある営業利益に、M&A対象会社の法人税の実効税率をかけると、想定される法人税の金額が出ます。
想定される法人税の金額を営業利益から引くと税引後営業利益(NOPAT)が求まります。

法人税の実効税率は以下のとおり計算できます。

実効税率

  • 減価償却費等

税引後営業利益が求まったら、非現金支出費用を足します。非現金支出費用とは、会計上費用として計上するが、現金支出を伴わないもののことです。
減価償却費等の「等」に含まれるのは、同じく非現金支出費用である引当金の増加(減少)額です。

減価償却費の額を税引後営業利益に足します。
さらに、引当金が前期比で増加している場合は増加額を税引後営業利益から引き、引当金が前期比で減少している場合は減少額を税引後営業利益に足します(逆にしないように注意してください。)。

  • 設備投資

文字通り、設備投資に回した金額を2.の結果から引きます。

  • 正味運転資本

正味運転資本とは、大まかにいうと、日常の営業活動を行うのに必要な資本のことです。
各期の事業計画の貸借対照表における金額をもとに毎期の正味運転資本を計算します。
正味運転資本は、以下の計算式で求められます。

正味運転資本=売上債権+棚卸資産-仕入債務

正味運転資本が前期比で増加している場合は、増加額を3.の結果から引き、正味運転資本が前期比で減少している場合は減少額を3.の結果に足します(逆にしないように注意してください。)。

ここまでが各事業年度のフリーキャッシュフローの金額の計算です。

このフリーキャッシュフローを、事業計画を元に事業年度ごとに求めます。
例えば、10年の事業計画が手に入った場合は10年後迄のフリーキャッシュフローを、事業年度ごとに計算してください。

DCF法における割引率

フリーキャッシュフローは未来において発生するため、現在の価値に割り引く必要があります。
この割引現在価値という考え方は、簡単に言うと、今手元にある10,000円と1年後に手に入る10,000円とでは価値が異なる、という視点に立って求められるものです。
具体例で説明します。

1年間で3%の利回りが確実につく資金の運用先が存在すると仮定し、税金を無視すると、今手元にある10,000円をその運用先に投資すれば、1年後には10,300円になります。
逆に考えると、1年後に手に入る10,000円は、今現在手元にある10,000÷1.03≒9,709円と同じ価値だと考えることができます。

こういった考え方を、割引現在価値と呼びます。
またこの例における3%のことを、割引率と呼びます。

割引現在価値の例:割引現在価値1,000,000円 割引率10%

割引現在価値

昨今、安全な投資先である日本国債や銀行の預金利子率が非常に低いため実感が湧きにくい面もあるかもしれませんが、会社売却・会社買収では非常に多額の金額が動くため、割引現在価値の考え方は無視できません。

DCF法におけるフリーキャッシュフローを割引くための割引率は、理論上、株主資本コストと有利子負債コストをそれぞれ求め、それらを株主資本および有利子負債の価値の構成割合に応じて加重平均して算出します。

株主資本コストとは、株式に投資するにあたり株主が要求する利回りのことです。
有利子負債コストは負債の利子率のことです。

このように計算されたコストのことを加重平均資本コスト(WACC)と呼びます。

WACCWACCの算出は非常に難解であるため、詳細については以下の日本公認会計士協会の資料を参考になさってください

参考:企業価値評価ガイドライン(日本公認会計士協会)

DCF法における残存価値(ターミナルバリュー)

事業計画が手に入った年度のフリーキャッシュフローだけでなく、残存価値(ターミナルバリュー)を求める必要があります。
残存価値とは、例えば10年の事業計画が手に入った場合、11年以降のキャッシュフローの割引現在価値の合計のことです。

実務では、この残存価値を求めるために、以下の仮定をおいて計算するケースがあります。

  • M&A対象会社は今後永続的に営業する。倒産しない。
  • 事業計画の最終年度以降は、一定の成長率でFCFは成長する。
  • 設備投資と減価償却は同額である。

この仮定を元に残存価値を求めると以下の通りになります。

残存価値

DCF法における企業価値

DCF法において、企業価値は以下の式で求められます。
企業価値=将来のフリーキャッシュフローの現在価値合計+事業外資産

事業外資産の例としては、遊休不動産などがあります。

マーケットアプローチ

マーケットアプローチは上場している同業他社や類似取引事例など、類似する会社・事業・取引事例と比較することによって相対的にM&Aの相場を評価する方法です。

仮にM&A対象会社自身が上場している場合は当該会社の株価を元に株式価値を算定します。
一方、M&A対象会社自身が上場していない場合は、類似する上場企業の株価などをベースに株式価値を把握します。

メリット

マーケットアプローチは市場株価をベースに評価を行うため、客観的な評価が行えることが大きなメリットです。

デメリット

市場株価は平時に少数の株式を購入するための価格であるため、支配権を得るための株式購入の価格ではないことが、マーケットアプローチのデメリットです。

通常、会社の株式を、支配権を得られるほど、多く買い集めるには、平時の市場株価に上乗せして対価を支払うことになります。
その上乗せ分を、コントロール・プレミアムと言います。

平時の市場株価はコントロール・プレミアムが含まれてない価格であることに注意が必要です。
コントロール・プレミアムは平時の市場株価の20~40%となるケースが多いです。

主な手法

マーケットアプローチの主な手法として、市場株価法、類似上場会社法、類似取引法があります。

  • 市場株価法:上場企業の一定期間の平均株価に基づき算定する方法
  • 類似上場会社法:上場している同業他社の株価倍率に基づき算定する方法
  • 類似取引法:過去の類似したM&Aでの取引価格に基づき算定する方法

ここでは、類似上場会社法について詳細を説明します。

M&A 相場(マルチプル法)

1.類似上場企業を選ぶ

類似上場企業を選ぶにあたって、まずは類似上場企業の候補を、インターネットなどを用いて、決定します。
M&A対象会社と同じ業界に属する上場企業が候補となります。
さらにそこから類似性を加味して類似上場企業を3~5社程度に絞れると良いでしょう。

M&A対象会社との類似性の判断は、営んでいる事業の組み合わせ、事業の成熟度などを元に判断しましょう。

2.利用する倍率指標を選定する

類似上場企業が選べた後は、採用する倍率指標を決定します。
ここでは実務でよく利用される指標の内、EBITDA倍率、EBIT倍率、PER、PBRの4つを紹介します。

  • EBITDA倍率:企業価値÷EBITDA

EBITDAとは利払前税引前償却前利益のことであり、支払利息・法人税等・減価償却前を控除前の利益です。
支払利息控除前の利益なので、それに対応させるために分子は株式価値ではなく企業価値を利用します。

  • EBIT倍率:企業価値÷EBIT

EBITとは利払前税引前利益のことです。支払利息・法人税等を控除前の利益です。
EBITDAとは減価償却額を控除する点で異なります。
支払利息控除前の利益なので、それに対応させるために分子は株式価値ではなく企業価値を利用します。

  • PER(株価収益率):株価総額÷当期純利益

PERは非常にメジャーな指標ですが、当期純利益は特別損益の影響を受けるため、分析には不向きなケースもあります。
当期純利益は支払利息控除後の利益なので、それに対応させるために、分子は企業価値ではなく株価総額を利用します。

  • PBR(株価純資産倍率):株価総額÷簿価純資産

純資産は支払利息控除後に求められる数値なので、それに対応させるために分子は企業価値ではなく株価総額を利用します。
基本的には、株価総額=株式価値と考えて差し支えありません。

3. 指標を利用し、企業価値・株式価値を計算する

類似上場企業について各指標を計算した結果をM&A対象会社にあてはめて、企業価値・株式価値を計算します。
通常は、指標を複数組み合わせて計算します。
その際、どの指標を選ぶべきかについては、状況により様々ですが、M&A対象会社にとって特に重要な数値が何かを考慮しましょう。

例えば、減価償却の額が重要な意味を持つ装置産業(製造業)などでは、一般的に、EBITDA倍率よりEBIT倍率が適していると言えます。

コストアプローチ

コストアプローチは主として純資産に注目したM&Aの相場の計算方法です。

メリット

会社の資産および負債は過去の取引の結果として、会社に帰属しています。
ご存知の通り、純資産は資産から負債を除いたものです。

主として純資産に注目するコストアプローチは、過去の取引の結果をベースに株式価値を算定するものであると言えます。そのため、ある程度の客観性を確保できることがメリットです。

デメリット

会社の資産および負債には、基本的に、未来の取引による影響が反映されていません。
そのため、今後長年継続していく企業の株式価値を評価する上で、コストアプローチは単独で利用するのに向いていないというデメリットがあります。

主な手法

コストアプローチの主な手法として、時価純資産法、簿価純資産法があります。

  • 時価純資産法:資産の時価より負債の時価を控除して株式価値を算定する方法
  • 簿価純資産法:貸借対照表の純資産をそのまま株式価値とする方法

以下では時価純資産法について説明します。
評価日における正確な時価が算出できればそれに越したことはないのですが、実務上それが難しい場合は、直近の四半期決算時の時価を算出することで代替するというケースもありうるでしょう。

時価純資産法において時価を求めるべき資産は、売上債権、棚卸資産、有価証券、貸付金、有形固定資産、無形資産などです。
まずはこれらの時価を把握します。

1.資産の時価

ここでは主な勘定科目ごとに資産の時価を把握する上でのポイントを記載します。

売上債権(売掛金・受取手形):売上債権の時価は額面から不良債権分を減額することで求められます。売上債権の内、回収可能な分が時価になると捉えればよいでしょう。

棚卸資産:棚卸資産の時価は、棚卸資産の簿価から不良・滞留在庫分を減額することで求められます。直近の四半期決算後に棚卸資産の金額に大きな変化を与える事情がなければ、直近の四半期決算の棚卸資産の金額から棚卸資産評価損の金額を引いた値を棚卸資産の時価としてもよいでしょう。

有価証券:上場している等の理由で取引価格が明確な有価証券は、評価日における株価により時価を算出します。

有価証券が非上場で取引価格が明確でない場合、理論上は、有価証券発行会社の評価日における貸借対照表等を手に入れ、それを元に有価証券の時価を把握すべきです。
しかし、有価証券発行会社の貸借対照表の入手などが困難であり金額の影響も大きくないような場合は、自社の直近の四半期決算時の貸借対照表における当該有価証券の金額を、そのまま時価として扱っても差し支えないでしょう。

貸付金:貸付金の時価は貸付金の残額から回収不能分を減額することで求められます。貸付金の内、回収可能な分が時価になると捉えればよいでしょう。

建物・建物付属設備・構築物・機械装置・工具器具備品:理論上、これらの時価は、固定資産を中古市場にて引き取ってもらった場合の想定売値、もしくは、同じ固定資産を中古市場から購入してきた場合の想定買値を時価とすべきであると考えられます。

しかし、実務上中古固定資産の売値・買値が観察できないことも少なくない上、非常に煩雑であるため、実務上その方法が用いられるケースは少ないでしょう。

そのため実務では、直近の四半期決算から評価日までの減価償却を反映させ、取得原価から減価償却済みの額を引いた金額を、これらの時価と捉えればよいでしょう。
圧縮記帳が行われている場合は圧縮記帳がなかったものとして計算しなおしてください。

土地:土地について適正な時価を把握する場合は不動産鑑定士に依頼するのが、理論上、正しい方法ではあります。ただし実務上、固定資産税における固定資産評価額あるいは路線価に調整を加えた値を時価とする簡便な方法でも、不動産鑑定士による評価額と大きなブレがないと想定できる場合は、代替できるでしょう。

無形資産:無形資産とはソフトウェア・顧客リスト・特許で保護されていない技術・データベース・産業財産権(特許権、商標権、意匠権など)・著作権、などのことです。

理論上は、貸借対照表に計上されていない無形資産も含めて識別し、時価評価すべきです。
しかし、無形資産の時価評価は非常に難解であるため、M&A相場を計算する段階では、資産の内、時価による金額の変動が大きい項目や時価の把握が比較的容易な資産のみについて時価評価を行う修正簿価純資産法を用いるケースが多いでしょう。

M&A相場を計算する段階では、無形資産の全てを時価評価することまでは要しないと考えられます。
実際の買収価格の算定する際、例えば顧客リストや産業財産権に非常に大きな意味があり、時価評価をすべきである場合は、M&Aの専門家に無形資産の時価評価を頼むという流れもありうるでしょう。

2.負債の時価

ここでは主な勘定科目ごとに負債の時価を把握する上でのポイントを記載します。
国際的に負債の時価について、理論上の細かな議論がなされていますが、今回は実務上での取り扱いについて簡単に記載します。

有利子負債:社債や借入金については額面を時価として取り扱えば差し支えないでしょう。

引当金:引当金については、基本的に、評価日までに積むべき金額をそのまま時価として捉えて差し支えありません。
ただし例えば、引当金の内、賞与引当金を今まで積んでいなかったという場合は、賞与引当金を積み、その金額を時価としましょう。

その他に負債があれば、実務上可能な範囲で時価評価します。

3.時価純資産(株式価値)および企業価値

資産の時価から負債の時価を引けば、時価純資産(株式価値)が出ます。
これに債権者価値(純有利子負債の額)を足す事で企業価値が求まります。

評価アプローチ間の関係

評価アプローチごとのM&Aの相場は、基本的には、以下の序列となるケースが多いでしょう。
コストアプローチによる相場<マーケットアプローチによる相場<インカムアプローチによる相場

コストアプローチによるM&Aの相場は将来の影響額であるのれん分を含んでいないため、最も算出額が小さくなるケースが多いです。
マーケットアプローチによるM&Aの相場はコントロール・プレミアムが含まれてないため、インカムアプロ―チより金額が小さくなることが多いです。

インカムアプローチによるM&Aの相場はコントロール・プレミアムを含めたのれん分を含んで算出されます。

基本的には以上のような関係になりますが、のれん金額がマイナスとなる(負ののれん)となるケースなどにおいて、上述の関係とならない場合もあります。

相場よりも高い値段でM&Aを行う可能性を高くするには

事前に企業価値を高めておく

企業価値は企業の業績により大きな影響を受けます。業績が良い時の方が企業価値は高いです。
いわゆる「売り時」を逃さないようにすべきです。

業績が悪いと不利な条件を飲まなければならないケースや買い手に買ってもらえなくなるケースも起こり得ます。
企業価値が高い時に売れるように、M&Aのための準備は早めに行いましょう。

買い手に対する強みの見せ方を工夫する

買い手に対して、売り手の強みを、綺麗に整理して分かりやすく見せることが非常に重要です。
分かりやすく伝えることで、買い手は「他社にとっても会社は魅力があるので、ある程度高い値段をつけないと買えないだろう」という心理になります。

また、弱みも可能な限り伝えておく必要があります。

自社を高く評価する買い手候補と交渉する

同じ会社であっても、その会社をどのように評価するかは、買い手候補ごとに大きく異なります。
自社を高く評価する買い手候補と交渉するためには、入札方式で買い手を決定するのが良いでしょう。

入札方式とは、複数の買い手候補に買収条件を提示してもらい、最も良い条件を提示した買い手候補を最終的な買い手とする方法です。
買い手としては入札で他社に負けないような買収金額を設定する必要があるので、自社を高く評価する買い手候補と出会いやすくなります。

複数の買い手候補と交渉する

入札方式で買い手を決める売り手にとっての最大のメリットとしては、買い手候補間に競争原理が生じ、特定の買い手候補とだけ買収条件を交渉する相対方式と比較し、売り手にとって有利な条件でのM&Aが行われると期待できることが挙げられます。

一方、デメリットとしては、買い手の決定まで時間がかかる点にあります。
M&Aにスピード感を要する場合は、入札方式は適切ではない点に注意が必要です。
また、入札方式では相対方式より売り手の情報を開示する相手も増えることから、情報漏洩のリスクが高まることも念頭に置かなければなりません。

入札方式にて買い手を決定するにあたり、売り手としては、買い手候補の競争状態を維持することと入札手続の透明性・公正性を確保することが非常に重要です。

買い手候補の競争状態を維持するために売り手としてプロジェクトチームを用意することや、入札手続の透明性・公正性を確保するために売り手に送るプロセスレターを用意し、プロセスレターを開示した後はプロセスレターに記載のプロセスと期限を遵守するなどの対応をしましょう。

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まとめ

ここまで、M&Aの相場の意味・相場を知ることの重要性・相場の計算方法について解説してきました。
M&Aの相場の概要や重要性についてよく理解できたという方もいらっしゃることでしょう。

相場の計算だけに限らず、M&Aには非常に専門的な知識や経験を必要とします。
有意義なM&Aとするため、是非、我々専門家にご相談ください。

今回の記事がM&Aに携わる皆様にとってお役に立てば幸いです。

(執筆者:公認会計士 西田綱一 慶應義塾大学経済学部卒業。公認会計士試験合格後、一般企業で経理関連業務を行い、公認会計士登録を行う。その後、都内大手監査法人に入所し会計監査などに従事。これまでの経験を活かし、現在は独立している。)