「全量純米大吟醸」へのシフトで10倍の成長を達成、高付加価値商品で世界27カ国へ輸出
私が東京農業大学を卒業し、神奈川県の酒問屋での修業を経て、家業である楯の川酒造に戻った2001年には、日本酒蔵としての経営はギリギリでした。いつ廃業してもおかしくない状況でしたが、着実な改革を進めることで難局を変えてきました。経営をスリム化し、リキュール製造でヒット商品を作ったことで基盤を安定させた後、造る日本酒の全量を「純米大吟醸」へシフト。
自社精米機などの設備投資、地元である庄内地方(酒田市・庄内町・三川町・鶴岡市)の契約農家から質の良い酒米の仕入れなど、品質を高める酒造りを進める一方で、業界では前例のない独自商品の開発にも成功します。2017年10月には「精米歩合1%」の「純米大吟醸 光明」を発売。四合瓶で10万8千円の値付けにもかかわらず3ヶ月で完売を達成し、高付加価値商品に可能性を見出しました。
従来の日本酒市場は、流通や小売店からの要請もあり、四合瓶や一升瓶あたりの価格感に上限がありました。確かにそれは、良い品質の日本酒を全国の皆様へお届けすることの基準となりましたが、日本酒の「価格の壁」としても機能してきました。光明は、それを「欲しい」と思ってくださるお客様へ届けることで、従来にない日本酒体験の提供に成功。「壁」を打ち破った高付加価値商品は、世界中からの新たなニーズに応えうるポテンシャルを感じさせました。2008年から開始した海外輸出事業は、わずか10年足らずで世界27カ国へ輸出、45倍以上の成長率となり、現在では出荷量の20%を占めています。日本酒が、世界中の人々を魅了して止まない嗜好品になるべく、積極果敢な取り組みを続けています。
人材育成に注力をしているのも、楯の川酒造の特長です。酒造りとは、麹菌や酵母菌が活躍できるように、温度や水分の管理などを通じて環境を整える仕事。それと同時に、良い酒を造るためには人材育成が欠かせません。活躍しやすい場所や環境を作っていくのが会社であり、良い人材こそが良いお酒を造ります。仕事を通した「人間的な成長」を最重要課題として捉え、「楯の川酒造フィロソフィー」をクレドカードとしてまとめ、「価値創造」「顧客創造」「市場創造」「顧客志向」「誠実さ」「美しさ」といった、楯の川酒造としての人材要件を日々確かめ合い、全部署が業務に当たっています。
会社としては100年後にも続くための会社像を定めた「TATENOKAWA100年ビジョン」を掲げ、「2030年 世界を代表するSake TATENOKAWAに」や「2110年 世界中の高級日本食レストランで提供される日本酒に」といった目標を制定。社員の意志やコミットメントを高め、一人ひとりが当事者意識を持ち、社員を原動力として会社を成長させたいという思いを込めています。
さらに2014年4月には、経営不振と後継者不足により操業困難となった山形県鶴岡市の酒蔵「佐藤仁左衛門酒造場」を事業継承し、再生に着手しました。江戸中期の享保9年(1724年)に創業した歴史ある蔵の伝統、培ってきたブランド「奥羽自慢」を継続させるべく尽力し、継承7年目にして黒字化を達成しています。

自社ECサイトの強化で、高級日本酒におけるリーディングカンパニーとなるチャレンジを
新型コロナウイルス感染症で飲食店の状況が厳しくなるにつれて、日本酒が楽しまれる機会も減っています。一方で、四合瓶などの小ぶりなサイズを買い、ご自宅で楽しむ流れは、今後も加速していくと踏んでいます。もっとも、日本の総人口は減少の一途ですから、かつての日本酒業界のように「量を売っていく」というビジネスは難しいはずです。
その次のアクションを起こすためには、高付加価値の日本酒を、もっと自社から提案していかなければなりません。現在の酒蔵の粗利は概ね3割〜4割ほどであり、スペックからの価格感も一定で決まっている暗黙の了解があります。その粋を超え、「日本酒はすごい、世界に提案できる価値がある」と感じてもらえる取り組みをしていきたいと、私たちは考えています。
私たちは日本酒業界では類を見ない、精米歩合1%の“最高スペック”ともいえる「光明」をはじめ、高付加価値の日本酒を次々に造り、その可能性を肌身で感じてきました。現状の日本酒市場では「四合瓶で5千円程度」が「高級」とされるなかで、四合瓶で10万円を超える一本を生み、完売の実績を積んでいます。ただ、これらの価格帯は、現状でもワインやシャンパンといった「晴れの舞台で活躍できるお酒」には珍しくありません。私たちは、その舞台に立てる日本酒をプロデュースし、さらに届けていきたいのです。
そこで、従来の問屋・小売店との取引は続けながら、楯の川酒造の生存戦略として、今後1年をかけて「高級価格帯の日本酒」を販売する自社サイトを強化していこうと考えています。これまでのB2B流通は壊さず、なおかつ楯の川酒造の世界観や想いを100%の熱量で届けられるサイトを作っていきたいのです。Webを通じた販売網を整備し、お客様により良い日本酒体験を届けていきたい。エンドユーザーの意見や要望を聞き、直接販売できるチャネルを構築し、商品開発に活かしていく。そして、現在の酒販店流通に乗せている価格帯とは異なり、3万円、5万円、10万円といった、既存流通とはぶつからない価格帯の日本酒を、製造から販売まで手がける新しいブランドを強固にしていく狙いがあります。
自動車でたとえれば、大衆的で堅実なブランドラインがある一方で、こだわりを尽くした高級ラインがあるように、両輪のアプローチを日本酒でも実現する。それは、日本酒全体の価値をひっぱり上げる活動にもなると考えます。より良い市場が生まれれば、後に続く酒蔵の参入もあり、お客様にとっては選択肢が増える。価値を理解してくれるお客様が増えれば、日本酒業界全体が活性化していくと考えています。
この高付加価値の日本酒市場は、まだ数少ないプレイヤーしか業界にはおらず、いずれも可能性を模索している段階です。楯の川酒造は、製造から販売までを一手に担うリーディングカンパニーとなるべく、ECサイト構築や運用に長けた企業、Webに精通した企業と共に、日本酒の可能性を切り開く前人未到のチャレンジをしていきたいのです。

日本酒の現状を覆すようなパートナーと共に、世界が認める“SAKE”ブランドを創りたい
楯の川酒造は、どこの蔵もなしえなかった精米歩合1%の「光明」や、フランスの人気バンド「PHOENIX」とのコラボレーションなど、常に新しいことにチャレンジしてきた企業だと自負しています。今回、公募する企業とも、共に「日本酒の概念」を覆すくらいような楽しい仕事ができるのではないかと思っています。
現在、高付加価値の日本酒市場を開拓するプレイヤーは他にもいますが、製造から販売までを一手に担う企業はまだ少ない。より酒蔵に近い立場から、お客様からの率直な意見や想いを汲み取り、蔵の特長を生かしながら、従来とは異なる「顧客志向に踏み込んだ」日本酒を作れるのではと見込んでいます。現在、日本酒製造の新規免許の発行は「輸出向け」に限られています。国内外への展開を見越すのであれば、すでに免許事業者である私たちは、より早く、よりチャレンジングな試みができるはずです。
そこで現在、従業員数5〜10名くらいでD2Cブランドを展開しているような企業、あるいは健康食品、食品、化粧品などに特化したD2C事業を展開する企業をパートナーに迎えることで、楯の川酒造と一緒に未踏領域に挑んでいきたいのです。現在、展開しているブランドについては継続して運営を続け、私たちとは週1〜2回のオンラインミーティングと、対面での打ち合わせを月1回ほどのペースで実践していければと考えています。
また、私たちは2014年4月に、経営不振と後継者不足により操業困難となった山形県鶴岡市の酒蔵「佐藤仁左衛門酒造場」を事業継承し、7年目に黒字化を達成しました。「奥羽自慢」というブランドを次代につなぐよう尽力しています。同様の状況にある酒蔵と手を組み、M&Aという手法で事業継承を検討しています。
秋田、岩手、青森、北海道といった東北北部から北海道、あるいは長野といった近郊にあり、出荷量は200〜300石ほど、年商5000万円〜1億円で、課題を抱えている酒蔵があれば、ぜひお話をできればと思います。私が楯の川酒造の社長に就任したときは製造量200石たらずでしたが、現在は2000石まで増やしてきました。その経験からも、現状の経営状況を伺いながら、ある程度のロードマップを見出すことができるはずです。
自社ECの拡充、そして事業継承による酒蔵の発展で、私たちは日本酒の価値を高めるような取り組みを進めていきたい。社内では日本酒業界の枠を超え、自社主催の音楽フェスなど異業種とのイベント開催プランも進行しています。また、輸出比率も将来的には、現在の20%から50%まで高め、世界で認められるような“SAKE”を作り出し、世界中の高級日本食レストランで確実にメニューへ掲載されるようなブランドとなることを目指しています。
戦後、日本酒の一升瓶は「大工の日当」と同等、今で言う2〜3万円ほどの価格だったといわれています。技術の進歩で安価に作れるようになった一方で、日本酒の「価値」は当時から変わっていないとも感じます。日本生まれの文化である日本酒の最先端は、世界の最先端であることと同義です。この業界の未来を共につくる、意欲あるパートナーからの参入をお待ちしています。